Q
 父親の役割で大切なことはどんなことでしょうか

A
 日本の父親は「家父長制」の名残を引き継いでおり、今でも、家事一切は母親任せというような 風潮が無いとはいえません。しかし、「戸主」という立場は、「世帯主」に変わり、男女同権に なったのですから、家のことは母親任せというわけにはいかないのではないでしょうか。特に 「育児」ともなると、父親の役割が大きな意味をもつと思われます。最近では、父親にも 「育児休業」が認められるようになり、授乳、排泄介護、衣類の洗濯、保育園の送迎、公園遊び の付き添い等々、母親の役割を分担することも増えているように感じます。
 家事を平等に分担し、母親の負担を軽くすることは、父親として当然の役割です。
 しかし、「育児」に関する父親の役割は、それだけで十分とはいえません。
 まず、第一に、母親の「心の支え」になることが大切です。とはいえ、それは口で言うほど簡単 なことではないでしょう。子どもと直接かかわる機会は母親の方が多いので、「心配」や「ストレ ス」を父親にぶつけます。父親にも職場の「ストレス」「不満」があるとすれば、「それどころで はない」という気持ちが高まり、両者の間には、知らず知らずのうちに「不信感」(話を聞いてく れない、自分の気持ちをわかってくれない、何でも自分に押しつける、やりたくないことはやろう としない等々)が生じてしまうからです。そのことが高じれば、やがて、問題の原因を相手に転嫁 し合うことになり、家庭の崩壊という状態にもなりかねません。(前回述べた「僕の歩く道」に登 場した「古賀」という父親が、その典型だと思います。)大切なことは、父親として「我が子」を しっかりと「受けとめる」(受け容れる)ことだと思います。「我が子」と真正面から向かい合い、 そのかけがえのない「命」を心から愛することだと思います。「我が子」を生んだのは母親です。 もしかしたら、そのことを母親は後悔しているかも知れません。自分を責めているかも知れません。 そんな時、「我が子」の誕生・成長を喜ぶ父親の姿こそが、母親の大きな「心の支え」になるのでは ないでしょうか。私は、流山高等学園在職中に、PTA研修会で市川豊さん(千葉県中小企業同友 会・障害者問題委員会委員長)の話をうかがいました。「この研修会に、どうしてお父さんたちは 参加しないのでしょうか。お母さんたちだけでは解決できない問題が山積しています。私は何より もまず、お父さんたちが、『我が子』の社会自立・職業自立について考えるようにならなければ、 社会は変わらないと思います」という言葉が忘れられません。
 第二は、他ならぬ子どもの「支え」になることです。
 最近では出産に立ち会う父親も珍しくないようですから、「育児」を分担することはあたりまえ かもしれません。しかし、母親の育児方法を父親が代行するだけでは、子どもは満足しないでしょ う。「育児」には、母親しかできないことがあります。そして、父親にしかできないこともありま す。そのことを「自然に」分担できることが理想だと思います。(ヒト以外の動物は、みな「自然 に」分担して、子孫を残し続けています)そのためにどうすればよいか、答えは簡単です。子ども の望むように分担すればよいのです。お母さんにやってもらいたいこと、お父さんにやってもらい たいことは、子どもによって違います。子どもは「自立」するまで、両親に「支えてもらう」権利 があります。また、そのことで、他人を「支える」気持ちを学ぶことができるのだと思います。 「仕事が忙しくて、子どもとゆっくり過ごす時間がとれない」というお父さんがいます。子どもが そのことを理解し、不満が残らなければ問題は生じないでしょう。しかし、「お父さんにやっても らいたいこと」は無理だとあきらめ、その分を母親に求めることはないでしょうか。母親が父親の 育児を代行できないことも明らかです。まして母親の負担が倍増し、疲労やストレスを感じるよう であれば、第一の役割「母親の心の支え」になることなどできるはずがありません。
 多くの場合、子どもは(母親も)、父親に「安心感」を求めています。「お父さんと一緒にいると ほっとする」「お父さんがいないと心配だ」、というように。「ただそこにいるだけで」子どもは (母親も)安心します。父親には、「職業人」として働き、生活費を確保する責任があります。その ことによって、子どもは(母親も)「安心感」を得られるからです。
 しかし、子どもはそれ以上のことも求めています。それに応じることが第三の役割だと思います。 大人になるための、様々な「社会的体験」をリードすることです。一人では不安なことでも「お父さ んと一緒なら安心だ」「失敗しても、お父さんが助けてくれる」というように。<子どもを見れば、 親の姿がわかる>といわれますが、子どもは親の姿、「生き様」を手本にします。とりわけ、父親の 姿、「生き様」は、子どもの「あこがれ」として映ります。そして、その姿、「生き様」の核心は、 何と言っても「働く」ということではないでしょうか。子どもの「職業自立」は、父親の姿、「生き 様」の如何にかかっているといっても過言ではないでしょう。<我が子を、自分の職場で雇用しよう としたとき、どのような「支障」が生じるだろうか>という問題は、父親が一番「身近に」わかるこ とだと思います。「知識」「技術」面での支障はともかく、「職業人」としての支障がなければ、 「就労可能」と判断できます。その判断を「冷静」「的確」に行うのも、父親の役割だと思います。 最近は、「お父さんがどんな仕事をしているか知らない」という子どもが大多数です。折に触れて、 職場の様子、楽しいこと、苦しいこと、守らなければならないこと等々、子どもに話して聞かせたり、 時には直接見せたり、「体験」させたりすることが大切だと思います。
    父親の姿、「生き様」は、「働く」ことだけにとどまりません。何よりも、「生きることの喜び」 「楽しさ」を味わう姿、「生き様」を子どもに見せる必要があります。それが、第四の役割だと思い ます。かつて、「就労可能」と判断され、職場からも高い評価を受けている卒業生が相談に来ました。 「毎月、給料をもらっっているけど、何に使うのかわからない。何のために働いているのだろうか・・・」 働く目的、生きる目的がはっきりしないのです。働きたくても働けない人にとっては「ぜいたくな」 悩みといえるかもしれません。しかし、私には、わかるような気がします。そこには、<人間は何のため に生きるか>という根本的な問題が秘められているように思うからです。おそらく、その答えは簡単には 見つからないでしょう。その結果、いかがわしい「迷信」「狂信」にだまされるおそれだってあるのです。 (例・お布施を強要するオカルト集団)
 KOYOクラブでは、青年学級として「音楽」「スポーツ」「旅行」「パーティ」等々、様々な「余暇 活動」に取り組んでいますが、その目的は、正に「生きることの喜び」「楽しさ」を味わうことだと思い ます。しかし、それだけでは十分ではないでしょう。それぞれの家庭には、それぞれの「余暇活動」が必 要だと思います。その企画・運営を委ねられるのが父親だと思います。
 「釣り」「園芸」「ドライブ」「映画」「コンサート」「散歩」「カメラ」「展覧会」「博覧会」「スケ ッチ」「図書館」「登山」「キャンプ」「クッキング」等々、数え上げればきりがありません。お父さんの 「楽しみ」を、分けてあげてください。何一つ、興味を示さない? そんなことはありません。お父さんがそれを「楽しみ」はじめたきっかけを思い出してください。お子様には、 まだそのきっかけがつかめないだけなのです。