Q
 「健全な男女交際」とはどのようなものでしょうか。また、そのために、私たちはどのような支援をすればよいでしょうか。

A
 この問題は、たいへん「複雑・微妙」かつ「重たい」問題で、できれば「避けて通りたい」というのが、私の「本音」です。 ひとくちに「健全」と言っても、その基準は、その国(地域)の風俗、生活習慣などによって大きく異なり、また、それぞれの 「家庭」でも、微妙な差があるのではないでしょうか。北朝鮮に拉致され独り帰国した曽我ひとみさんが、後日、空港でご主人 を出迎えた時、公衆の面前でしっかりと抱擁し合い、接吻しました。その情景は全国にテレビ放映されましたが、皆さんはどの ように感じられましたか?ドラマや映画の中では見慣れている光景でも、現実のニュースの映像になると、「そこまでしなくて も・・・」という感想をもたれた方がいるかもしれません。最近では、駅のホームや電車の中で、傍目も気にせず、抱き合って いる高校生の男女もいます。私などは、時代遅れのせいか、こちらの方が恥ずかしくなって、目をそむけてしまいます。では、 彼らの交際は「不健全」だと決めつけてよいでしょうか。「高校生の分際で、とんでもない!」というのが、私たちの常識であ ったはずなのですが・・・?では、成人の男女だったら「健全」なの?というように考えると、私にはわからなくなってしまう のです。
   いずれにせよ、大切なことは、まず「健全」の基準をはっきりさせることだと思います。誰でも思春期を迎え「性に目覚める」 頃になれば、異性に関心をもち、「交際したい」と思うようになるでしょう。そのことは「健全」でしょうか。その気持ちを、 相手に伝えるためにメールや手紙を送る、そのことは「健全」でしょうか。二人で楽しいひとときを過ごすために、デートをする、 そのことは「健全」でしょうか?
 かつて、学校で「性教育」を行うために、保護者の皆様にアンケート調査を実施したことがありました。その結果、「手紙を交 換しあうことまでは容認できる」という回答が多かったように思います。しかし、「手を握り合う」という段階になると、賛否が 半数に分かれ、それ以上の「身体接触」は絶対に容認できないという回答がほとんどでした。
 だとすれば、それぞれの「家庭」で微妙な差があるとしても、「異性に関心をもち、相手と手紙を交換し合う」程度であれば容 認でき、「健全な男女交際」と言えるのではないでしょうか。
 
 異性に関心をもち、「交際したい」と思うようになることは、自立への大きな一歩だと思います。やがては、「恋愛」「結婚」 「育児」といった「家庭づくり」につながり、本当の「親離れ」が可能になるからです。でも、そんなことはわが子にとって「夢 のまた夢」にすぎない、と溜息をつかれてはいませんか。「恋愛」だって「結婚」だって、そう簡単にできるものではない、様々 な困難が立ちはだかっており、結局は「誰か(親?)の助け」が必要になることは目に見えているのだから・・・・。まして、 「育児」なんて絶対に不可能だ!! そのとおりだと思います。「家庭づくり」は「おままごと」ではできません。「喜び」より も「苦しみ」の方が多いでしょう。では、どうすればよいのでしょうか。  ある卒業生が言いました。「私は就職し、お金も稼 げるようになりました。でも、毎日がつまらないのです。何のために働くのか、目的がわかりません」誰にも迷惑をかけず、自分 の生活費は自分で稼ぐ。しかし、はりあいがない。生きがいが感じられない。私には、その気持ちがよくわかります。彼は「人を 求めている」のだと思います。一緒に暮らし、「喜び」や「苦しみ」を分かち合ってくれる人を求めているのだと思います。その 人が「異性であってほしい」と思うことは、誰もが「経験済み」のことではないでしょうか。
 異性に関心をもち、「交際したい」と思うようになることは、「生きる喜び」につながります。「働く意欲」につながります。 「その人を喜ばせたい」「その人を幸せにしたい」という気持ちがあるからこそ、「苦しみ」に耐え、「がんばれる」のだと思い ます。

 私は、「健全な男女交際」を成就するために、まず、保護者の支援が不可欠だと思います。それは、これまでの養育とは比べも のにならないほど、「気骨の折れる」「やっかいで」「面倒な」内容になるかもしれません。しかし、挑戦してみる価値はあると 思います。
@ まず、双方の保護者が「男女交際」を承認すること
A つねに、保護者同士が情報交換し合い、「交際」の内容を確認すること
・電話・メール・手紙・デート(買い物、散歩、遊園地、コンサート等)
B 学校の勉強、職場の仕事を「頑張る」(専念する)ようにすること
C どちらか一方が「交際を止めたい」と思うようになったら、中止すること
D 「男女交際」が「生きる喜び」「働く意欲」につながっているか、評価すること
E 「男女交際」が、生活能力の向上につながっているか、評価すること
F 相互の「対立」を自分たちで解決できるか、見守ること
G 相互が「協力」して、計画を立てられるか、見守ること
H 相互が「協力」して、目標を達成できるか、見守ること
I 相互が、つねに「相手を必要としているか」、見守ること。  いかがでしょうか。特に、@は最も重要な内容であり、双方の保護者が承認できなければ、「健全な男女交際」は不可能だと思います。 しかし、保護者の知らないところで、「勝手な男女交際」が展開し、保護者双方の「不信感」「不安感」をつのらせているケースが多い ように感じます。「男女交際なんて、もってのほか! 自分の身の回りのことすらおぼつかないのに、十年早い!まず、経済的自立が先 だ。」という雰囲気の中では、「勝手な男女交際」が繰り返されることになるでしょう。
 幸運にも、双方の保護者の承認が得られ「健全な男女交際」が、「恋愛」「結婚」「育児」へと展開していった場合には、保護者の支援 だけでは「荷が重すぎる」ことは明らかです。地域の「生活支援センター」「各相談機関」「KOYOクラブ」等、ネットワークを存分に 活用する必要があると思います。「男女交際」は、自立へのステージの「大きな一歩」だと考え、「KOYOクラブ」がその支援に取り組 めるようになれば、「未来は明るい」のではないでしょうか。
 
 「コータロー先生! あなたは現実を見ていない。そんなオメデタイ机上の空論をいくら並べ立てたって、何の展望も開けてこない。 自分が支援するわけでもないくせに!」という皆さんの声が聞こえてきます。おっしゃるとおりです。昔、「こころみ学園」(栃木県)の 川田昇先生が、園生のために「結婚棟」を建て、生活支援をされているという話を伺いました。できれば、施設見学をして、現状を学びま せんか。この道の先駆者は数多くいるはずです。